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Vol.32
WILDSIDE × 内田すずめ ー 運命が紡いだコラボレーション
 
編集者/ジャーナリスト 鈴木 正文

1.

「時間は未来から過去へも流れていく」
 画家の内田すずめはそう述べる。
「過去は終わったものではなく、今も進行し
ている経験の一部だから」とも。
 覚えのある人は、大事ななにかをうしなっ
たことがあるにちがいない。そして、大事ななに
かをうしなったことのない人は、おそらくいない。
 引用元は、2026年12月6日(土)にはじま
り、同月26日(金)まで開かれる予定の内田
すずめの個展のために、内田本人が書いた「ア
ーティストステートメント」である。常識は、
「時間は過去から未来へ流れていく」と告げる。
ここでは常識がひっくり返されている。
 過去はけして過ぎ去らない。失敗も成功も悲
しみも喜びも、失望も希望も、生きてゆく人間
の現在と未来に引っ張り込まれ、日々のふとし
た裂け目に顔を出す。そうして過去は生き直さ
れ、その都度、あらたな意味を帯びて、亡霊の
ように立ち現れる。「時間は未来から過去へも
流れていく」。
内田すずめ1

2.

 「本当の君でいい」と題されたこの個展では、
42点の作品を見ることができる。そのうち、3
点が「WILDSIDE×内田すずめ『本当の君でい
い』コラボレーションアイテム」のために描き
おろされた。それらの3作品(①「本当の君で
いい」②「手と手」、そして③「いばらの冠」)
は、半袖Tシャツ、レーヨン・シャツ、トート
・バッグの商品にプリントして使用されてい
る。
「本当の君でいい」という個展のタイトルは、
内田からの宛先のない呼びかけである。「本当
のわたし」として生きることがかならずしもで
きなかった「過去の内田すずめ」のような経験
を、過去に、あるいは現在のさなかに、持った
/持っている人たちへの。同時にまた、ひとり
のおさな子の母となったいまのかの女からの、
4歳のおさな子である娘への呼びかけでもあ
る。「本当のわたし」ではなかった「4歳の内
田」を、生き直すための。現在の自己と過去の
自己とを関係づけてアイデンティティを二重
化し、過去を現在に生き直せしめること。それ
がアイディアだ(とおもう)。「過去は終わった
ものではなく、今も進行している経験の一部だ
から」。
内田すずめ2 内田すずめ4 内田すずめ5 内田すずめ6

3.

 山本耀司にもうしなった大事な過去がない
はずはない。1943年に山本が誕生した翌年、
父は35歳で戦争につれていかれて、帰ってこ
なかった。母はその父が帰ってくるのを待ちつ
づけた。山本は「戦後何年かして僕が4歳か5
歳のころに、親戚一同にやいのやいのいわれ
て」、父の遺骨もない父の葬儀をおこなうこと
に、母は同意せざるをえなかった、と僕に語っ
たことがある。少年・山本耀司は納得がいかな
かった。母が大人たちの都合で出したくない葬
儀を出さざるをえなかったことに。母をじぶん
たちの都合でじぶんたちの都合のいいように
動かした大人たちの社会に。じぶんは、そんな
社会には絶対に参加しない、とそのとき決めた、
ともいっていた。
 不幸な時代に生まれた不幸な子どもだった
山本耀司には、はじめからうしなわれた生とし
ての死がとりついていた。そして、みにくい大
人たちの世界から母をまもることが、はじめか
らの使命だった。なぜなら、母もまた、喪失の
人であったから。

4.

 内田すずめとヨウジヤマモトとの最初のコ
ラボレーションは、2017年にさかのぼる。そ
の年の6月のパリ・ファッション・ウィーク
(メンズ)に内田すずめは、Ground Yの黒の
ワンピース(ドレス)にレーヨンの黒のジャケ
ットを着ておもむいた。2018年春夏のヨウジ
ヤマモト プールオム・コレクションのランウェ
イ・ショウに、かの女の過去作と描きおろしの
新作をふくむ10点ほどの幽霊画が、シルクの
ロング・シャツにプリントされてランウェイ
・デビューを飾った。はじめてヨウジの服を
着て、はじめてパリでランウェイ・ショウを
見た。
 以来、内田すずめとヨウジヤマモトとのコラ
ボは継続し、今回のワイルドサイドとのコラ
ボ・アイテムの発表・発売にまでいたる。
 内田すずめは、幼いころから絵を描くのが大
好きだったという。そして、将来はイラストレ
ーターになる夢をいだいていた。しかし、その
夢を17歳のときにあきらめざるをえなかった。
美大に行くかわりに。筑波大学でデザインを専
攻して卒業し、広告と出版に関係する企業に就
職した。けれどほどなくして、適応不全に陥っ
て退職し、「2年ほど、ほぼ寝たきりの生活」
を送った、と雑誌とのインタビューで語ってい
る。子どものころに楽しんで絵を描いたことを
おもいだしたのはそのころであった。体調と相談
しながら、気ままに画廊めぐりをするようにな
ったなかで知り合った同世代の画家の仕事が
きっかけになって作品づくりをしはじめる。
2014年、27歳のときに、すすめられるままに
初個展を開く。並行して、幽霊画のウェブ・コ
ンペティションに「拒食と自爆」という作品で
応募すると、それが大賞を受賞した。
 ヨウジヤマモト プールオムとの最初のコラ
ボのなかでもこの作品はプリントされている。
内田すずめはじしんのインスタグラム
(suzume_uchida)にこの画像をアップしたと
き、「拒食症。死ぬほど食べたいのに太ること
が怖くてたべられない。ならば小腸を食いちぎ
って栄養を吸収できない肉体にしよう。私があ
の頃死んでいたら、そんな幽霊になっていたは
ずだ」という恐るべきキャプションを書き込ん
だ。
内田すずめ7
Yohji Yamamoto POUR HOMME 2018 S/S コレクション

5.

 ボードレールの詩集『悪の華』に収められた
「おのれを罰する者」のなかに、次の一節があ
る(出口裕弘訳)。

わたしは傷口にして短刀!
わたしは打つ掌にして打たれる頬!
わたしは引裂かれる四肢にして引裂く刑車、
死刑囚にして死刑執行人!

わたしはわれとわが心の吸血鬼、
――永劫の笑いの刑を宣告されながら
もはや微笑するすべもない
見放された大いなる者たちのひとりだ!

 僕はおもった。
 「傷口にして短刀!」とは、内田すずめの「拒
食と自爆」そのものではないか。
 そして「見放された大いなる者たち」とは、
「スラム街の詩人」といわれたネルソン・オル
グレンが『荒野を歩め』(A Walk on the Wild
Side)の自著に寄せたことば、すなわち「この
本が問うのは、道をあやまった者たちが、とき
により大きな人格の人間として成長するのは
どうしてなのかという問いである。(…)人間
性を素直に信じていたものがなにゆえに人に
傷つけられて苦しめられ、そのいっぽうでなに
もかもを手に入れてみずからは他になにも与
えない人々が、人間をもっとも蔑むのはどうし
てなのか、といいう問いである」という文章を
おもわせないか。その問いは「見放された大い
なる者たちのひとり」だった少年・山本耀司の
問いでもあったはずだ。
 内田すずめの幽霊画のなかの女たちも、それ
ぞれが「見放された大いなる者たちのひとり」
である。
 かくして、内田すずめとWILDSIDEとが出
合い、コラボしたのは、必然であった。


WILDSIDE × 内田すずめコラボレーションアイテムはこちら


内田すずめ 個展「本当の君でいい」 展覧会情報
会期 : 2025 年 12 月 6 日(土)~12 月 26 日(金)
会場 : SAI(サイ)
住所 : 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前 6-20-10 RAYARD MIYASHITA PARK South 3F
時間 : 11:00 - 20:00
電話 : 03-6712-5706

内田すずめ(うちだ・すずめ)
アーティスト。
作品に共通しているのは、負の心緒よりも原体験から来る生気が感じ取れる点である。
Yohji Yamamotoと合作した服がパリコレクションで発表され世界各国で発売、2017年からコラボレーションを継続している。
2020年、Adidas Y-3からアパレルが発売。2022年、be@rbrickとコラボレーション。
ギャラリー、国内外アートフェアなど展示多数。

鈴木正文(すずき・まさふみ)
1949年東京生まれ。編集者・ジャーナリスト。
2012年1月-2021年12月「GQ JAPAN」編集長。2000年8月‐2011年8月「ENGINE」編集長。
1989年‐1999年「NAVI」編集長。慶應義塾大学文学部中退。海運造船の業界英字紙記者を経て1984年「NAVI」創刊に参加。
著書に『〇×(まるくす)』(二玄社)、『走れ! ヨコグルマ』(小学館文庫)、『スズキさんの生活と意見』(新潮社)など。
2022年よりフリーのエディターおよびジャーナリストとしての活動を開始した。
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